Wednesday, May 26, 2010

谷のこどもたち-School in Cochuhuaz 3-

午後はハイメ先生が、今日は日本からわざわざお客さんがきているので、みんなでこの土地の自然を見に行きましょう、と提案してくれた。

子供たちは大喜びでバケツや網を持って、目的地の川まで走ったりスキップしたり。


バケツを太鼓のようにして、みんなで歌を歌いながらすすむ。


みんなでつくったこの村の表札をみせてくれた。


先生がこの土地の木の種類や、歴史を歩きながら教えてくれている。


もうすぐ川につくよ-、と子供たち。学校から歩いて15分。


「川の水は美味しいからペットボトルに入れて持ってかえるの」、とべッティーちゃん。


木でできた橋を渡り反対側へ。


コチャワスの川に到着。みんなトムソーヤになった気分。


川の土や砂利を持ってかえって、化石や鉱物が混じっていないかをみる。なんかみんな、すごく楽しそう。


砂利がたくさん入ったバケツを運ぶのは男の子の役目。



クラスに戻り、ハイメ先生が、「はい、では午後の授業では、外でどのようなものをみましたか? 見たものを前に出て教えてください。」と生徒全員に質問した。みんな、うーん、えーと、となかなか前に出てくる子がいない。

一人の男の子がようやく前に出てきて、「ぼくは木をたくさん見ました。」というと、 みな思い出したかのように手を挙げて「私はお花をみました。」、「ぼくは大きな山と川をみました。」と続いた。

するとハイメ先生が、さらにこんな質問をした。

ハイメ先生: 「見ることとは、どういうことでしょうか?」
子供たち: 「.......????」
子供たち: 「見ることとは、目で何かを見ることです。」
ハイメ先生: 「目で何を見ているのですか?」
子供たち: 「......? 木や川や山です。」

ここで、先生がこのように切り出した。「みんなは自分の目で、外の世界を見て、木や川や山を見ている。そして、それを言葉にして、それらの名前を学んでいる。だけど、同時にみんなは外を見ながら、自分という人間が誰か、ということを見ているんです。自分がどのような人間か、自分は強いのか弱いのか、大きいのか小さいのか、動くのが早いのか遅いのか。見るということは自分を知るための大切な行為なのです。世界をよく見て、自分という人間をこれからもよく知ってください。」

ハイメ先生は、とても哲学的なことを、子供たちに通じるように、言葉を選んで丁寧に教えていた。そして子供たちも先生の言葉に熱心に耳を傾け、自分という人間への興味に目をキラキラと輝かせているのがわかった。

ぼく自身も、旅を続け、その土地の人を見てきて気付かされたことがある。それはぼくが見ているのだけれど、同時に見られている、ということであった。人を見ることで見られる、それはまるで鏡の中の自分を見ているような神妙な感覚である。そして、きっと人は、この「見れば見るほど、見られる」という不思議なパラドックスの中に、己の片鱗を少しずつ見つけてゆくのではないだろうか。



授業が終わると、一人一人の生徒が丁寧に挨拶をしに来てくれて、サヨナラをした。ハイメ先生も門のところで、別れを言ってくれた。「また遊びにおいで....といいたいところだけど、ここはそんなに来やすいところじゃあないからね。でも今日は来てくれて本当にありがとう。子供たちが本当に喜んでいたよ。」と言って握手をしてくれた。大きくて温かい手だった。

夕方5時過ぎに、ガス屋さんのフェルナンドとヨランダが、カラーンコローンと鐘を鳴らして村の入り口を訪れてくれた。

谷のこどもたち-School in Cochuhuaz 2 -

コチャワスの学校は丘の中腹にある、とても新しい建物だった。 すいませーん、と門のところで手を振ると、アシスタントのロサさんが出てきてくれ中へと案内してくれた。 コチャワスの学校正面。
校庭。 右奥は担任のハイメ先生。左奥はアシスタントティーチャーのロサさん。 コチャワスの学校は、アルカワスと同様UNIDOCENTE(複式学級)。全学年13名、小学校1年生から5年生までが、今現在ここで学んでいる。
ハイメ先生は朴訥な心優しいおじいちゃん先生。強面だが、とてもいい言葉で子供たちに語りかけていた。
小学校3年生のエルコ君。
一人一人に丁寧に教えているハイメ先生。アシスタントのロサ先生は小学校1年生を主にみている。 後ろにコンピューターがあったが、もちろんインターネットはつながっていない。早く問題をすべて解けた子は、先生の許可をもらってパックマンをして遊んでいた。 算数のゲーム。2の倍数と先生が最初にいったら、時計回りで1から数えてゆき、2の倍数の場合は口で言わず手でたたく。 学校の校庭からは大きな山々がみえる。こんなところで毎日遊んだら気持ちがいいだろうなあ。 セラフィンという学校で飼っている犬。 子供たちが学校の周りで見付けた化石をたくさんみせてくれた。 休み時間はみんな教室を飛び出して外で遊ぶ。 コチャワスのみんなは学年関係なく全員が友達。 学校の建物の間を自転車で遊ぶ子供たち。 電気代が高い田舎では、太陽電池は不可欠。 蟷螂をぼくにプレゼントしてくれた。でも持っていけないのでコチャワスの自然に戻してあげることに。 時間がくると、先生が鐘を鳴らす。
カステジャーノ(スペイン語)の時間。題が出され、それについて作文を書こう、という時間。 チリのスペイン語の教科書。 5年生のディエゴ君。漫画ナルトの大ファン。この谷にはテレビがないので、町へ行った時にDVDをたくさん買ってくるそうだ。 スペリング(綴り)の勉強をする小学1年生のフェリペ君。とってもヤンチャ。 作文をみんなの前で発表。3年生、はずかしがり屋のベッツイーちゃん。 わからない単語がある時は、パソコンに色々なソフトが入っているので、検索して調べていた。 エルコ君のアートをみせてくれた。 この日もお昼ご飯をみんなとご馳走になる。ピラフの上には玉子とトマトソース。サイドにはパンとフルーツゼリー。いただきます。 真ん中の子は幼稚園生。コチャワスには幼稚園がなく、幼稚園生も二人しかいないので、午後にロサさんが同じ建物で教えている。 お昼ご飯を食べ終わると、休み時間をはさんで、午後の授業。子供も結構忙しい。 つづく

谷のこどもたち-School in Cochahuaz 1-

この日は朝の5時半に起き、村から1時間ほど離れた谷の分岐点まで歩く。ここからELQUI谷の隣のコチュワス谷のコチャワズという集落を目指す。ガス屋さんが、ここの分岐は朝の7時から8時までに道路工事のトラックが通ると教えてくれた。早朝は太陽が弱く、山の乾風が身に滲みる。あたりはまだうす暗く、山道も静寂をおびていた。 分岐から1時間ほど歩き、朝食に塩味のクラッカーと青リンゴを食す。リンゴは冷たくて歯にしみた。 暫くして、1台のおんぼろトラックが止まってくれた。コチャワズのちょうど半分くらいまでしか行かないが、これに乗って行けるところまで行くことに。 20分ほど車で行った中間地点の工事現場で降り、運転手にお礼をいってもう一度歩きはじめる。 ゆっくり歩いていると、また違う工事のトラックが止まってくれた。分岐から約2時間、ピスコの村から3時間でようやくコチャワズの集落に到着。トラックの運転手もこの集落の出身だといっていた。ぼくが、「コチャワズも小さなコミュニティーだからみなさん知り合いでしょうね」というと、「知り合いどころじゃないよ、各家族先祖代々からの付き合いだよ」と言っていた。この土地には人の関係が、横だけでなく縦との繋がりがある。 集落のはじまりらしきところを通り過ぎると、ポツポツと山間の斜面に民家を確認できた。歩いていてい途中、妙に多くの視線を感じた。まわりをみると、村人も馬も牛も犬も猫もみな目を真ん丸くして、ぼくのことを眺めている。 土の道を集落の人たちが馬で移動していた。彼らに挨拶すると、「あなたはどこの人ですか?」と聞かれる。「日本という国から来ました。ここにはあまり外国人が来ないですね。」と答えると、馬に乗る一人前の老人が、「ここに外国人が来たのは、もしかしたら500年前のスペイン軍じゃないかね」、と途方もない冗談を言う。 集落を少し丘の方角へと登ったところにコチャワズの学校を見付けた。 つづく

Tuesday, May 18, 2010

谷のこどもたち -School in Alcahuaz-

Elqui谷には、小さな集落がいくつもある。ぼくはこの日、ピスコエルキから再奥の村、ALCAHUAZを目指し朝早く道に出てヒッチハイクをした。そこまでゆくバスがないのでこの手段しかない。といってもここいら辺は究極の田舎で、ほとんど泥棒さんもいなさそうだ。宿主のガブリエラもよくヒッチをしてヤギのチーズを隣村まで買いにいくそうだ。 朝の7時過ぎに白い息を吐きながら道で車を待っていると、1台の軽トラが止まってくれた。お礼をいい、自己紹介をすると、なんと運転手のおじちゃんはピスコエルキのドリス校長先生の旦那さんだった。「ああ、きみが日本から来ているって人か」、と言っていた。校長先生の旦那さんはぼくが行こうとしている一番奥の谷、アルカワズにブドウ畑を持っていて、これから収穫に行くそうなので、目的地まで乗せていってもらえることになった。 小さな集落が途中いくつもある。 ブドウ畑が日の当たる傾斜に広がっている。 アルカワズの村。人口120人。 校長先生の旦那さん曰く、もうここまで来ると住んでいる人はみんなお隣さん同然で、あそこの角のミゲルさんも向こうの丘のテレサさんもみんな知り合いだそうだ。お礼をいい、握手を交わして村の中心らしき場所で降ろしてもらった。土の道をゆっくり歩いていると、動物たちが種問わず戯れている。ここは人だけでなく犬も猫も馬もみな知り合いのようだ。 5分ほど歩くと、坂の上から子供たちの声が聞こえてきた。この谷の学校に違いない。 アルカワズの学校。 山に囲まれた大自然の中の学校だ。 門のところで大声で、すいませ-ん、というと、給食のおばさんが出てきてくれて、校長先生を紹介してくれた。 Ceriche 校長先生は校長先生でありながら、この学校全学年、全教科の先生でもある。先生歴なんと40年。 ここの学校はスペイン語でUnidocenteといって複式学級の学校。先生とアシスタントの先生が一人ずつ。小学校1年生〜6年生が一つの教室で一緒に学んでいる。全生徒数23人。 ちょうど学校が8時半にはじまり、これから朝食の時間。チリの公立学校では朝食と昼食を無償で提供している。 食事のあとは、必ず歯磨き。物資が少ない僻地ゆえ、校長先生が歯磨き粉をみんなに分けている。 歯磨きのあとのクチュクチュもみんなで一緒に。 1時間目はみんなとぼくでおしゃべりをしたあと、みんなが歓迎の歌を歌ってくれた。歌はチリの有名なバンド、Los JaivasのMira Niñita。とってもいい歌だ。 休み時間。アルカワズの学校は学年関係なくみんな兄弟のように仲良し。 ケンケンパは世界共通。 校庭のはじのほうで冒険ごっこをしていた。 男の子たちは上級生と下級生一緒に闘牛ごっこをして遊んでいた。 日本でいうとチャンバラごっこといったところか。昔ながらの遊びがまだここでは日常だ。 スペイン語の授業。チリの国歌を学んでいた。 この授業は1年生以外学の年全学年が学んでいた。 1年生の子はアシスタントの先生と単語の綴りの勉強。 小学校3年生の子。 一通り意味を学んだあとは、みんなで国家斉唱。そして、 なぜかその後ぼくが君が代を斉唱。 残りの時間はわからなかった単語を辞書で調べるために使われた。 お昼ご飯の時間。6年生が下級生に1つずつ配ってゆく。 この日はパンと野菜パスタとプリン。みんな育ち盛りだからたくさん食べないと。 ぼくはもう育ち盛りではないけど、なぜかまたご馳走になってしまった。 お昼休みはみんなで校庭に出てゲームをした。 前回鬼だった人が、「赤い洋服かズボンを着ている人」と言ったらその人が鬼になってみんなを追いかけるゲーム。 手を繋いで輪になっているから、どこから鬼がくるかわからない。 午後は算数の授業。小学校2年生の子たちは、ブロックを使って考え方を学んでいる。 最後の時間は日本がどこにあるか地球儀をみてみた。地球って大きいなあ、日本て遠いなあ、チリって長細いなあといっていた。 学校が終わって、先生たちにお礼をいい、子供たちとアルカワズの村を帰りがてらに歩いてみた。 空をみあげると、虹雲がみえた。めずらしい雲で、これを見るといい事があると聞いたことがある。 みんな大きな自然の中に暮らしているゆえ、学校からの帰り道も雄大だ。真っすぐ家に帰るの?と聞くと、「ちょっと山で遊んでから帰る」、といっていた。 子供たちとバイバイをすると、みんな山のほうへと走って帰っていった。ぼくは唯一の道をゆっくり来た方向へと戻ることに。車が来たら手を振って乗せてもらおう。 どれほど歩いただろうか。ペットボトルを飲み干してたので、沢の水を汲みにいくと、ブドウ畑の人が声をかけてくれた。 「なんだってこんな地の果てにいるんだい? せっかくだからこれもっていきな!」とブドウが詰まった箱を勧めてくれたが、こんなには持っていけないので少しだけいただいていくことに。 なんて甘いブドウだろう。口に放り込みながら、山間をひたすら歩く。 カラーンコローンという鐘の音とともに、車のエンジンの音が遠方から聞こえてくる。車だ!と思った。両手を大きく振ると、1台のガスを積んだトラックが止まってくれた。ELQUI谷の集落をガスを売ってまわっているガス屋さん夫婦のフェルナンドとヨランダさんに拾ってもらった。彼らもPisco Elquiに住んでいるのでちょうどよかった。 明日ぼくが、隣の谷のCOCHUHUAZという村へ行くというと、夜そこを通るから帰りは乗せていってあげるといってくれた。 出会いに感謝。