Friday, May 22, 2009
キューバの日記②
~列車の旅~
列車でハバナから南東の町、サンティアゴへと向かっている。前日、切符を買うのが一苦労で2時間半ほど列に並んでようやく買えた。それだけでヘトヘトだった。係員のおじちゃんにサンティアゴまでどれくらいかかるか、と聞くと15時間から24時間という。意味がよくわからずもう一度詳しく聞いてみると、どうやら電車がオンボロでよく故障してとまるらしい。周りの客にも念のため聞いてみると、「うちの母さんがハバナからサンティアゴへ行った時なんかは二日かかったよ。」と得意気に話していた。
列車は確かに古かった。だが問題は中身だ。なるべく多くの客が座れるように椅子は90度の姿勢正しい硬椅子だ。これはかなり疲れるなあと思った。駅で列に並んでいる時、前の人たちが「カマグエイからサンティアゴの間は盗人が多いから荷物をちゃんとしばらないと駄目だよ」と教えてくれたのでぼくもザックを上の棚にしばっておいた。座席に座り周りをみわたすと外国人はぼくだけだ。
4人向き合いの席で、前におばちゃん二人と隣にお婆ちゃん一人が座ってきた。みなこの物資不足の島のどこでそんなに栄養をとったのか、と首をかしげてしまうくらい恰幅がよい。ぼくは思うに、おばちゃんという人種ほど世間話に長けたものはいない。座席を見つけて座るやいなや、知らないもの同士コンピューターのようなはやさで共通の世事をみつけだして、鰻登りに会話をはずませてゆく。まったくもってその道の達人たちである。さらに、彼女たちは情報通でもある。ぼくは旅の間に何度彼女たちの情報に救われたことか。嵐のような会話を聞いていると、彼女たちはこんなことを教えてくれた。
「あなたわざわざ日本から来たって?うちに泊めてあげたいけど、警察に知られたら牢屋行きなんだよ。前にも知り合いがオーストリア人を泊めて彼は3年間帰ってこなかったよ。だからね、ごめんよ。」
さらに隣のおばさんもこのようなことを教えてくれた。
「うちの息子はハバナで警察のキャプテンをやってんだよ。息子が教えてくれたけどハバナの道には隠しカメラがまだ結構残ってるらしいよ。使われてるかどうかは知らないけどね。」歩いていてまったく気がつかなかった。果たして本当だろうか。今度ハバナを歩くときは注意してみてみよう。
列車は夜の7時半出発予定のところ、8時40分に出発した。ノロノロと進みいっこうにスピードが出ないまま2時間ほどしてまた止まってしまった。どうしたのかと聞くと、反対からくる列車が通過するのを待っていると言っていた。そして1時間ほどしてようやく動き出す、というような調子である。別に急ぎの旅ではないが、この調子だといったい何時間かかるのだろうか。
時間がたつにつれて夜も深くなり、車内はナイフのように鋭い尿のにおいが鼻を突いてくる。それだけではない。酒のにおい、鳥肉のにおい、葉巻のにおい、埃に煙、熱気などがだらしなく混ざり合いたゆたっている。そんな生活臭に刺激されてか、列車はますます機嫌をよくすると、速度が増し、揺れが激しくなってくる。縦に揺れ、横に揺れ、時にはドンと飛びはね、という具合である。そして徐々に速度は熱気を沈め、夜気が温度を押し下げると、疲れきっていたのか、ぼくも鞄を抱きかかえたまま眠りにおちていた。
明け方の何時頃だったのだろうか。後方の座席の大男が酔っ払いながら大声で叫びはじめたのである。
「チクショウ!なんでおれたちはこんな小さな島に閉じ込められちまってるんだ!金もねえし、食い物もいつまでたってもパンとピザだ。警察もくさってる。この列車だってそうだ。なにもかもよくならないのに何で誰も何も言わないんだ!」
みんなどこかで同じようなセリフをもう何度も聞いているといったような様子で寝ぼけ眼に聞き流していた。するとぼくの前に座っていた恰幅のいいおばちゃんがこの大男にも負けないくらいのドスのきいた声で男に向かって言った。
「それならあんたカルネ(身分証明書)でもパスポートでも今すぐここでやぶっちまいな。嫌なんだろ何もかも。あんたねえ、いい体して文句しか出ないのかい。人間にはやれることとやれないことがある。あんたも男だろ。与えられた運命ならその中で死に物狂いでいきてみなよ。酒ばっか飲んで文句ばっかいって。あたしはここで死ぬ。そう決めたんだ。戦争おこす勇気がないからね。弱かったら弱いなりに生きるんだよ!」
大男は一瞬にして黙ってしまった。おばちゃんは目の前でドンとかまえ、薄明かりの差す列車の中を力強く睨んでいた。それは覚悟を決めた人間の眼差しだった。そして彼女の言葉には、長年何度も何度も心の中で自分に言い聞かせ、何層にも塗り重ねてきた力強いあきらめが込められていた。周りは静まりかえり、遠い外を眺めていた。サトウキビ畑が永遠と続き、朝の澄んだ空が広がっている。キューバに来ていまだ触れることがなかった人々の生活の本音を、このオンボロ三等列車の曙にみつけた。
つづく
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