Saturday, February 6, 2010

Back to Pirapo③-ピラポのこども達-

一年ぶりの日本語学校。毎週土曜日の朝8時から午後16時までが授業だ。初日に先生たちに挨拶をすると、ぼくのことを覚えてくれていた先生がいた。学校では、先生のお手伝いをさせてもらいながら、こども達とたくさん遊ばせてもらった。 ピラポ日本語学校。ピラポの村で日本語を学びたい子供たちが通っている。 学校の校庭。前回来た時は屋根がなかった。 こども達が遊べるスペースは充分。芝のサッカー場や土の野球場も学校の横にある。 学校の図書館。みんな絵本や漫画が大好き。 日本の政府や学校からの寄付でたくさんの本が置かれている。 学校がはじまる朝の時間はみんな本を読みに図書館に集まっていた。 小学一年生の女の子。絵本が大好き。 日本語の勉強だけでなく、勉強を飽きさせないように、図工の時間や体育の時間などもある。 パラグアイ人のハーフの子。絵がとーっても上手だった。 漢字の勉強が一番大変だという。 小学2年生の国語の授業。 授業は45分。終るとみんな教室を飛び出して、中庭でサッカーやドッジボールをはじめる。 小学校3年生のクラス。 かわいい靴下。 ジンちゃん。 3年生のクラスは悪ガキがたくさんいてうるさくてエネルギッシュで楽しいクラス。先生は大変そうだったが。 みんなが「みてみて」と筆箱をみせてくれた。こればかりは昔からかわらない。 一人が面白いことをやると、みんな競うようにしてもっと面白いことを披露してくる。 おお。 これすごく遠くに飛ぶんだから、とつくったものをみせてくれた。 今度は女の子たちが、下敷きを頭に擦って静電気の遊びをみせてくれた。これも昔よくやったなあ。 お弁当の時間はどこで食べてもいい。みんなで好きなおかずをトレードしている。 おむすびと揚げ物。 こんな凝ったお弁当も。 パラグアイは海が無いので、魚はとても高く、肉が安い。よってほとんどの弁当はお肉がメインだ。 こっちでもお弁当の見比べっこ。全部美味しそう。 ジンちゃんもよく食べていた。ぼくに鶏のから揚げを一つプレゼントしてくれた。ありがとう。 先生方は涼しい職員室で昼食をとる。 小学一年生のクラス。 パラグアイのこども達や日本語が得意でないハーフのこども達の為に、特別な授業がくまれている。 お母さんはパラグアイ人でお父さんが日本人の子マイケルジャクソンの踊りがすごく上手。 ピラポで育った日系3世の先生。まだ高校生なのでボランティアで来ている。みんなに紙芝居を読んでいるところ。 紙芝居にのめり込むこども達。 学校が終るとみんなで掃除をして椅子を机の上に乗せる。 学校が終るとみんな真っ先に校庭へ出てサッカーをするか、図書館へ行って漫画や本を読んでいる。 最後はもう一度校庭に並び、先生がたに挨拶をしてから帰る。 お母さんたちが迎えにくるまでは、一週間に一度会える友達とギリギリまで遊ぶ。 かくれんぼ この子も見つからないようにひっそりと隠れていた。 相撲の土俵もある。少年相撲の大会もあるそうだ。 はっけよい、のこった!

Thursday, February 4, 2010

Back to Pirapo②-ピラポの中心へ-

工藤家にて一週間泊めさせてもらった後、マナミさんにJICAのボランティアの人と、ピラポの村の日系人職員を紹介してもらった。そして、その人たちから、うまくJICA施設の余っている部屋とベッドを借りれる事ととなり、ここに1ヶ月半ほど滞在させてもらえることとった。マナミさんの勧めで、ピラポの村の中心には若い子がたくさんいてそっちの方が絶対エネルギッシュで楽しいから、とわざわざ人を紹介してくれたのだった。 なんて感謝したらいいだろう。 ピラポの中心。道路が赤土ではなく、ちゃんとアスファルトが敷かれている。 JICAボランティアの施設。なんと一軒家。キッチンもついていて、シャワーもついていて、部屋もいくつもあった。ここの使われてない一室に入らせてもらった。  ピラポでは毎週土曜日に日本語学校があるので先生のお手伝いなどをして学校に通わせてもらった。平日は日系人が営む農家で働かせてもらい、ご飯を食べさせてもらった。夏の暑い時期の農作業はかなりハードだ。20kg~30kgのズタ袋をトラックに積んだり、降ろしたり、麦の種を乾かしたり、雑草を刈ったり、石灰をまいたり、毎日何かしらやることがある。最初は久しぶりの肉体労働に体がビックリしていたが、毎日従事していると体がだんだん慣れてくる。このような農作業には、体を目一杯動かすことの気持ちよさを思い出せてくれるものがあった。そして同時に、お金ではなく、食べることと直結した職業の気持ちよさのようなものも感じた。  ぼくはこういった重労働をする時は、いつもなるべくしゃべらないで黙々と仕事をするようにしている。しゃべると弱音を吐きそうになるし、弱音を吐くとなんとなく自分が嫌になる。心を空っぽにして、終ったあとにこんなもんか、と思えば気持的にいつも楽だからだ。そのおかげか、仕事をしていると周りで「あのハポネスちっちぇえがフエルテだ(強い)」といって普通に扱ってもらえたのだった。

Tuesday, February 2, 2010

Back to Pirapo①-ピラポでの一ヶ月半-

パラグアイに来たらどうしてももう一度訪れたかったピラポ村。昨年知り合った工藤さんのお孫さんのヒロ君と連絡を取り合い、工藤家の一室に泊めてもらえることになった。残念ながら工藤さんと繁さんは日本に一時帰国していてお会いできなかったが、長女のマナミさんと、マナミさんの旦那さんの由貴さん、ヒロ君、マリエちゃん、美鈴ちゃんと一年ぶりに会う事ができた。

ピラポ周辺。麦畑が永遠と続いている。 ここピラポはパラグアイの町、エンカルナシオンからバスで東に2時間ほど走ったところにある農村で、道と畑の間にポツポツと家が建っていて、商店が数件、学校とアイスクリーム屋さんと教会がある小さな村である。 元気でやんちゃな美鈴ちゃん。 美鈴ちゃんに「一緒に散歩しよう!」と誘ってもらった。近くの麦畑。工藤さんの家はピラポの村の中心から車で走って20分くらいのところに建っている。麦やヒマワリ、大豆などをつくっている。 90歳のおばあさん。足腰が丈夫で今も鍬を持って自分の野菜畑を耕している。たくさんお話を聞きたかったけど、岩手の方言が強かったので、ほとんど話しがわからなく、毎日マナミさんに通訳してもらっていた。日本語は難しい。 工藤校長先生の娘さんのマナミさん(左)とマナミさんの娘(次女)の美鈴ちゃん。みんなでワラビを採りのお手伝いに。 ワラビ。 ついでに竹林へ。この日の晩御飯の竹の子をたくさん掘った。 タケノコの煮物をつくっている。工藤家はほぼ毎日日本食だ。 ああ美味しそう。 今日のご飯はタケノコとワラビ。ピラポではお米も日系人がつくっていて、日本のお米とかわらないくらい美味しい。

長男のヒロアキ君。今は少し離れた町の農業高校の寮に入っていて、週末だけ家に戻ってくる。一年ぶりの再会だったが、背がすごく高くなっていて最初はわからなかった。

工藤家の食卓。旦那さんのユキさん(右)とマリエちゃん(後)。 1週間泊めてもらうかわりにトラックの荷台を修理したり、鉄の溶接作業などを手伝わせてもらった。作業の合間にはユキさんやパラグアイ人たちの労働者たちとテレレ(冷たいマテ茶)を回し飲みしながらパラグアイの文化やグアラニー語を教えてもらっていた。

Thursday, January 21, 2010

Paraguayの田舎のこども達~Encarnacion周辺~②

パラグアイの田舎の幼稚園を学校の先生に紹介してもらい、遊びにきた。周りは畑しかない村だが、建物が新しい、きれいな幼稚園だ。クラスに入り、先生の話しを聞いていると、スペイン語とグアラニー語の両方をまぜて使うのでなかなか理解が難しい。午前のクラスにお邪魔させてもらい、朝の7時にはじまりお昼まで。朝がすごく早いのにみんな朝からシャッキリ。 笑顔の素敵なジュディーちゃん。 イタズラ大好きなアダニスちゃん。先生にいつも怒られちゃうらしい。 カニの工作。 色鮮やかなパラグアイの国旗。 2階の教室には絵本やオモチャがたくさん。色々な国から寄付で集められたオモチャだそうだ。 いい! オヤツの時間。オヤツを買えない子には他の友達が「これあげる」と分けてあげていた。 牛乳ヒゲがはえている。 今日の天気を黒板に大きく書いている。 スペイン語を書く練習。 授業では主にスペイン語を使っているが、親がグアラニー語しか使わない家庭の子はやはりグアラニー語しかわからない。スペイン語に慣れるのに最初は時間がかかるらしい。 ダビッド君の粘土ヒゲ。 彼女にスペイン語で話しかけると走って逃げて、柱の後ろに隠れてしまった。 クラスが終るとみんな外で友達と一緒に遊ぶ。 みんなで綱引きをして遊んだ。 ベンチをみんなでグルグル回っている。 どこからこのエネルギーはくるのだろう。 ぼくも1日の終わりにはみんなと遊んでヘトヘトだった。